おこめ

 米を研ぎながらいつも思うのは本当に理想的な研ぎ方ってどんなんだろう?ということ。皿洗いや掃除など日常的な家事はみんなそうだけど、自分はそれらの専門家ではなく生活上仕方なくこなしていて、親や家族や配偶者といったごく限られた人たちのやり方しか見てきていないわけで、それらを少しずつ取り入れたり自分なりにアレンジしたりして現在家事をこなしている。しかしふと立ち返ってみると、その作業の目的はなんなのか、どういう効果があるのかまるで知らない自分に気が付くわけです。米の研ぎ方で言えば、初めてお手伝いとして米を研いだのは多分小学校高学年〜中学生くらいだったと思うんですが、そのころの自分の米の研ぎ方は、ジャーに米を入れ、水を張り、白く濁ってたら水を切り、また水を張り…という作業をひたすら繰り返すだけという、これまで親の何を見てきたのかという米に優しい作業しかしてませんでした。そして米をしっかり手でガッシャガッシャと研ぐことを教わると、今度は全力で米を鷲掴み、少しでも水が白く濁るとまた全力で研ぎ、ほとんど水が濁らなくなるまで繰り返し繰り返し研ぐという米を破壊するための行動になりました。両極端ですが、ひとつひとつの作業の意味や最終的にどうなれば目的達成なのかを知らぬまま行為だけを覚えようとすると、必ずどこかで手順に誤りが出るということです。
 何が言いたいのかというと俺が洗った皿に油がついてヌメヌメすると怒らないでください妻よ。わざとではないんだ。